持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)
― 当院の治療内容・治療成績・治療継続の目安 ―
― 138例・最長約5.7年の長期観察データに基づく患者さん向けご案内 ―
1. PPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい)とは
PPPD(Persistent Postural-Perceptual Dizziness)は、めまいやふらつきの原因疾患が治まった後にも、「フワフワ感」「グラグラ感」「地に足がつかない感じ」が3ヶ月以上、ほぼ毎日持続する“機能性のめまい”です。検査では異常が見つからないことも多く、患者さんは「原因不明」と言われて長く悩まれることが少なくありません。
こんな症状はPPPDのサインかもしれません
- 立っている時・歩いている時にフワフワ・グラグラする
- スマートフォンのスクロール、テレビ画面、パソコン作業でめまいが悪化する
- スーパーの陳列棚、人混み、蛍光灯の下でクラっとする
- 横になると症状が軽くなる/朝より夕方に悪化する
- 最初はメニエール病・BPPV・突発性難聴などの“はっきりしためまい”があり、その後も違和感が続いている
【ポイント】PPPDは“気のせい”でも“心の病気”でもありません。脳のバランス感覚のネットワーク(前庭系・視覚系)が過敏になってしまう、科学的なメカニズムを持った“機能性疾患”です。適切な治療で改善が期待できます。
2. PPPDの重症度評価 ― NPQ(新潟PPPD問診票)とは
PPPDの診断と重症度評価には、新潟大学耳鼻咽喉科(堀井新 教授)の研究グループが開発した「NPQ(Niigata PPPD Questionnaire:ニイガタPPPD問診票)」が世界標準として広く使われています。本文書の治療成績もこのNPQを指標として算出しています。
NPQの3つの評価領域
PPPDには3つの特徴的な“症状を悪化させる因子(増悪因子)”があり、NPQはこれらを4問ずつ、合計12問で評価します。
| ① 立位・歩行 (Upright posture/walking) | 立ち続ける・歩く動作でふらつく | Q3, Q6, Q7, Q11 |
| ② 体動 (Movement) | 自分が動く/乗り物で運ばれる時に悪化 | Q1, Q5, Q9, Q12 |
| ③ 視覚刺激 (Visual stimulation) | 複雑な模様・動く映像・細かい文字で悪化 | Q2, Q4, Q8, Q10 |
採点方法
- 各質問について、症状の程度を 0(何も感じない) 〜 6(耐えられない) の 7段階 で評価します。
- その動作をめまいのため避けている場合は「6(耐えられない)」に丸をつけます。
- ここ 1週間で最も症状が強かった状態 を基準に回答してください。
- 各領域(4問)ごとの小計(0〜24点)と、全体の合計点(0〜72点)を算出します。
NPQ点数の目安(新潟大学の研究による診断カットオフ値)
| 評価領域 | 満点 | PPPDが疑われる目安 |
| 視覚刺激スコア | 24点 | 9点以上(感度82%、特異度74%) |
| 合計(総合)スコア | 72点 | 27点以上(感度70%、特異度68%) |
| 29点以上(感度68%、特異度70%) |
【重要】NPQは重症度と改善度を「点数」で客観的に評価できるため、治療前後の比較や治療方針の判断に非常に有用です。
ただし点数が高くても確定診断は診断基準(Bárány Society 2017)に基づいて医師が行います。3ヶ月以上続く浮動感・不安定感が対象で、3ヶ月未満のめまいや回転性めまいには適用しません。
3. NPQ問診票 ― ご自身で点数をつけてみましょう
以下は新潟大学耳鼻咽喉科が開発・公開しているNPQ問診票です。ご来院前・治療経過中に、ご自身の症状の程度を客観的に把握するためにお使いください。
【回答のしかた】
・各項目について、症状の程度を 0〜6 の7段階 で評価し、あてはまる数字に○をつけてください。
・症状のためにその動作を避けている場合は「6(耐えられない)」に○をつけてください。
・症状が変動する場合は、ここ1週間で最も症状が強かったときの状態 で評価してください。
【問診票 (全12問)】
| Q1. 急に立ち上がる、急に振り向くなど、急な動作をする。 | [体動] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q2. スーパーやホームセンターなどの陳列棚を見る。 | [視覚] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q3. 普段通りに、自分のペースで歩く。 | [立位] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q4. TVや映画などで、激しい動きのある画像を見る。 | [視覚] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q5. 車、バス、電車などの乗り物に乗る。 | [体動] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q6. 丸椅子など、背もたれやひじ掛けのない椅子に座った状態を保つ。 | [立位] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q7. 何も支えなく、立ったままの状態を保つ。 | [立位] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q8. パソコンやスマートフォンのスクロール画面を見る。 | [視覚] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q9. 家事など、軽い運動や体を動かす作業をする。 | [体動] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q10. 本や新聞などの細かい文字を見る。 | [視覚] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q11. 比較的早い速度で、大股で歩く。 | [立位] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
| Q12. エレベーターやエスカレーターに乗る。 | [体動] | |||||||
| 何も感じない | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 耐えられない |
【点数の目安】
・視覚刺激スコアが 9点以上 → PPPDの可能性が高まります(感度82%、特異度74%)
・総合スコアが 27点以上 → PPPDの可能性が高まります(感度70%、特異度68%)
※ この問診票は診断を確定するものではありません。点数が高い場合は、受診時に医師にご相談ください。診断は問診・診察・他疾患の除外検査を含めて総合的に行います。
※ 本問診票は 新潟大学耳鼻咽喉科 が開発・公開している「The Niigata PPPD Questionnaire; NPQ」を引用しています。
出典:Yagi C et al. Otol Neurotol 40:e747-e752, 2019 / 新潟大学耳鼻咽喉科HP(https://www.med.niigata-u.ac.jp/oto/)
治療開始前と治療経過中に定期的にこの問診票を記入していただくと、点数の変化(=治療効果)を客観的に確認できます。ぜひご活用ください。
4. 当院独自の治療 ― 少量SSRI(セルトラリン12.5mg)療法
PPPDには、脳内のセロトニンという神経伝達物質の“調律”が関与していることが知られています。そこで世界的に有効性が報告されているのが SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)です。しかし通常量では吐き気・眠気などの副作用が強く、治療途中で中断される患者さんが多いのが課題でした。
当院の工夫:通常量の1/4〜1/8の「極少量」で開始
| 項目 | うつ病などの通常量 | 当院のPPPD治療(少量SSRI療法) |
| セルトラリン量 | 50〜100 mg/日 | 12.5 mg/日(就寝前1回) |
| 併用薬 | ― | 制吐剤メトクロプラミド 5 mg(吐き気予防) |
【この量にする理由】
・副作用(吐き気・眠気など)を最小限に抑えられる
・少量でも脳の過敏性を鎮める効果は十分に得られる(後述の138例データで実証)
・長く安心して継続でき、再発予防にもつながる
5. 3つの学術論文による科学的エビデンス
当院の少量SSRI療法は、以下の3つの学術論文としてその有効性・安全性を発表しています。
- 論文1(2022年):138例における少量SSRI療法の有効性と安全性
- 論文2(2023年):サブタイプ別(視覚刺激型・能動運動型など)の治療効果の比較
- 論文3(2026年 耳鼻咽喉科誌 掲載):138例の長期観察 ― NPQスコアによる治療成績と“増量効果”の検討
本ページでは、最新の第3論文(2026年 耳鼻誌)を中心に、138例・最長約5.7年(298週)の長期観察データから見えてきた「どのくらい効くのか」「どのくらい続けるべきか」を、患者さんにお伝えします。
6. 治療対象となった患者さん(138例)
2019年1月〜2022年12月の4年間に、当院でPPPDと診断し治療を行った138例のデータです。
- 男性 35例/女性 103例(女性が約3/4)
- 年齢 15〜91歳(平均 53.3 ± 15.8歳)
- 平均観察期間:中央値27週(最大298週=約5.7年)
PPPDのきっかけとなった“先行疾患”

PPPDはこのように「他のめまい疾患のあと」に発症するのが典型で、“めまいのしっぽ(後遺症)”とも呼べる状態です。原疾患の治療だけでは治りきらないふらつきに、少量SSRI療法が有効です。
7. 治療成績 ― NPQスコアで客観的に評価しました
先ほどご紹介したNPQ(0〜72点)を用いて、治療前と最終観察時のスコアを比較しました。点数が大きく下がっている=症状が改善していることを示します。
138例全体の成績

【統計学的にも“はっきりした”改善です】
Wilcoxon符号付き順位検定 p < 0.001/Cohen’s d = −1.16(効果量:大)
…つまり、たまたまではなく“治療によって”症状が有意に軽くなっていることが証明されました。
治療成績サマリ(改善率・寛解率・継続率・副作用率)

138例のうち、85.3%の方でNPQスコアが低下し(=症状改善)、29.4%の方はほぼ症状消失(寛解:NPQ≤10点)にまで達しました。副作用による中止は22.5%と、通常量SSRI(海外報告で40〜60%とされる)より大幅に低い水準です。
長期観察でも改善は持続します——「長く続けるほど良くなる」データ
下のグラフは、少量SSRIを内服した138例全体のNPQ値が、時間の経過とともにどう変化したかを示しています(論文3 図1の内容)。短期だけでなく、何年にもわたる長期観察でも改善が持続していることが一目で分かります。

【長期内服でNPQ値がどこまで下がるか】
・治療開始時: 40.1点 (n=138)——重症レベル
・ 6 週目: 26.8点 (n=57)——すでに診断閾値(27点)を下回る
・ 10週目: 18.7点 (n=33)——日常生活への支障が大幅に軽減
・ 22週目: 11.8点 (n=13)——審解ライン(10点)に手が届く水準
・ 76週目: 8.3点 (n=3)——審解を達成
・ 156週目(約3年): 5.3点 (n=6)——ほぼ症状なし
・ 298週目(約5.7年): 1.0点 (n=2)——症状消失レベルを長期維持
→ グラフが一度も上向きにならず、右下がりの曲線を描いていることにご注目ください。これは「長く続ければ続けるほどNPQ値がさらに下がり、改善が深まっていく」ことを意味します。
【このグラフが伝える“長期内服の価値”】
・治療開始からわずか6週(約1ヶ月半)ですでにPPPDの診断基準(27点)を下回り、症状は確実に軽くなり始めます。
・しかしここで治療をやめないで、さらに続けることでNPQ値は審解ライン(10点)、さらには「ほぼ症状なし」のレベルまで尿められます。
・ 3年・5年と長期に内服を続けている方ほど、NPQ値は一桁台前半・一桁台と低い値で安定しており、長期内服により“より高い完成度”で症状が落ち着くことが実証されました。
“良くなったからやめる”ではなく、“良くなってからも続ける”ことで、脳のバランス感覚はより安定した状態に定着していきます。
治療開始時から最終観察時の変化: 40.1±9.7点 → 21.8±16.4点(Wilcoxon符号付き順位検定 p<0.001、Cohen’s d = -1.16)——この改善は長期観察でも崩れないことが確認されています。
8. 「効かないから増やす」は、実は逆効果です
少量(12.5 mg)で効果が不十分だった14例に対し、25〜50 mgへ増量した場合の効果も検討しました。その結果は、以下のグラフのとおり衝撃的なものでした。

【重要】少量SSRIで効きが弱いときに、安易に量を増やしても効果はほとんどなく(有効率21.4%)、むしろ6割以上の方(64.3%)が悪化しました。
そのため当院では、効果が不十分な場合は「増量」ではなく、①治療期間の延長 ②前庭リハビリテーション ③認知行動療法的アプローチなどを組み合わせる方針を取っています。
9. 症状のタイプ(サブタイプ)別の効果
PPPDは、悪化する状況によって3つのサブタイプに分けられます。NPQの3領域スコアがどれに偏るかで判断できます。

特に「起立性調節障害(OD)由来の視覚刺激優位型」では有効率87.5%と、非常に高い改善率が得られています。視覚刺激型が全体の75%を占め、改善幅も最大(−25.4点)でした。
10. どのくらいの期間、続けるべきか?【最も重要】
長期観察の結果から、再発を防ぐためには「症状が良くなってからも一定期間、内服を続ける」ことが重要と分かりました。

【当院からの推奨】
◆ 最低ライン:43週(約10ヶ月)以上の継続
◆ 推奨ライン:合計 約85週(約1年半〜2年)の継続
― これより早く中止すると、再増悪のリスクが高まることが確認されています。
治療継続期間の重要性
PPPD治療で最も大切なのは「症状が良くなっても自己判断で薬を中断しないこと」です。
脳を安定した状態に完全にリセットするには時間が必要です。
・最低43週間以上の継続服薬を推奨します。
・治療継続中に一時的に症状が悪化しても、そのまま内服を継続(平均8週間)することで、約6割(57.1%)の方が再び改善しました。
下のグラフは、内服を中断するまでの長さ(X軸)と、中断後に再発しなかった方の割合(Y軸)の関係を示しています。43週を境に非再発率が大きく上昇しており、これが「治療をやめても良い目安」となります。

【グラフからわかること】
・ 30週(約7ヶ月)で中断すると、非再発率はわずか42%——半数以上の方が再発してしまいます。
・ 43週(約10ヶ月)まで続けると、非再発率は75%に一気に上昇します。
・ 50週(約1年)以上では非再発率 90%以上を達成できます。
→ だから当院では「最低43週」を推奨ラインとし、可能であれば「85週(約1年半〜2年)」の継続を推奨しています。

上の図7のとおり、一時的な悪化は“治療が失敗している兆候”ではなく、脳が安定化する途中で起こりうる“一時的な揺り戻し”です。このタイミングで自己判断により服薬を中断してしまうと、これまでの治療効果が台無しになってしまう危険性があります。悪化を感じたときこそ、自己判断でやめずにご相談ください。
2つの治療プラン(患者さんのご希望に合わせて選択)
【プランA】じっくり継続プラン
- Sertraline 12.5 mg を、合計 約85週(1年半〜2年)続けて内服
- 再発リスクを最も低く抑えられる、王道の治療プラン
- 症状が消えた後もしばらく継続することで、脳のバランス感覚が“安定した状態”に定着します
【プランB】お休み&予防プラン
- まず6ヶ月しっかり内服 → 約1年間の休薬(お休み) → 予防のために10週間だけ再内服
- 「長く飲み続けたくない」方向けの選択肢
- 休薬中に再燃の兆しがあれば早めに再開します
【途中でぶり返しても大丈夫】
治療の途中で一時的にフワフワ感が強くなっても、そのまま少量SSRIを継続することで約6割(57.1%)の方が再び改善します。「効かない」と決めつけず、慌てず継続することが大切です。
11. 治療の流れ(ステップ)
| ステップ | 内容 |
| Step 1 | 問診・診察・NPQ質問票による評価/めまい検査で他疾患を除外 |
| Step 2 | Sertraline 12.5 mg(+メトクロプラミド5 mg)を就寝前に開始 |
| Step 3 | 4週後に再来院。NPQスコアで効果判定 |
| Step 4 | 改善を確認しながら、43〜85週の継続 → 経過を見て慎重に減薬・終了 |
12. 副作用について(安心して続けていただくために)
- 副作用による中止:138例中 31例(22.5%) ― 通常量SSRIの報告よりかなり低い水準です
- 多くは軽い吐き気・眠気で、制吐剤の併用と“極少量”設定でさらに軽減できます
- 依存性は基本的にありませんが、自己判断での急な中止は避け、必ず医師の指示に従ってください
13. 最後に ― 患者さんへのメッセージ
PPPDは「原因不明」と言われて何年も苦しまれる方が多い病気ですが、適切な診断と、少量SSRIを“十分な期間”続ける治療によって、138例中85%以上の方で改善が得られています。
・すぐに劇的に効く薬ではありません。効果を実感するまで数週〜数ヶ月かかります。
・効かないからと自己判断で増量しても効果はなく、むしろ悪化することが分かっています。
・「良くなった」と思ってからも、再発予防のためにしばらく続けることが最大のコツです。
・NPQ問診票を治療前と経過中で比較して、ご自身の改善を「点数」で確認しましょう。
同じ症状で長くお悩みの方は、どうぞ一度ご相談ください。
※本資料は当院138例の治療データおよび下記論文に基づき作成しています。
松吉秀武ほか:持続性知覚性姿勢誘発めまいに対する少量SSRIの治療成績と増量効果の検討
―NPQスコアによる138例の長期観察― 耳鼻咽喉科誌 72巻4号(2026年)
NPQ問診票:Yagi C et al. Otol Neurotol 40:e747-e752, 2019 (新潟大学耳鼻咽喉科)